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第4章 研究法
4-1 研究法について
本研究は文献研究と調査を二本の柱とした質的研究である。方法としては海外の先行研究および精神分析の文献の記述的データをもとに仮説を生成し、その仮説を、日本のジャズ・ミュージシャンへの質問紙調査の回答(サンプル数14件)および文献等から得た質的データによって考察する。
論述は上記のような第3者のデータをもとにして行なうが、仮説を生成する際のデータの抽出は筆者の選択によるものであり、質問紙の質問文およびそれに関する説明文は筆者が作成しているので、客観性に疑問が投げかけられるかもしれない。このことについては、引用文献等のデータの出所を明示することと、質問紙の文面と全回答を掲載するなど、批判と吟味に対して開かれた体制をとることで対応したいと考える。
なお本研究においては、海外の先行研究の知見と日本の質問紙調査のデータを、文化的差異を考慮せずに同等に扱っているが、これはジャズミュージシャンが、人種や国籍の違いに関係なく、初対面の相手とセッションをしているという事実と、「ジャズは国際的言語international languageである」というアメリカ合衆国議会決議57 -
(6)(1987年9月下院通過、同年12月上院通過)における見解に依拠しており、仮に文化的差異が存在するとすれば、それは別の研究課題として扱われるべきものと考える。
4 - 2 研究プロセスの概要
4-3 質問紙調査
4-3-1 質問紙作成の経緯
質問紙は筆者が、先行研究および参考文献のデータ分析によって抽出されたテーマについて意見を聞くことを目的として作成した。準備段階で、複数のジャズ・ミュージシャンに研究の趣旨を説明し、協力を仰いだところ、「精神分析についてまったく予備知識がない状態で、自分の専門分野について語るのは抵抗がある」「質問の趣旨がわからなければ回答ができない」「的外れな回答は書きたくない」という意見があったため、調査用紙に質問文のほかに「精神分析とジャズのあいだにどのような類似性が想定されるのか」「ミュージシャンの専門性や体験の、どういった部分を語ってほしいのか」について説明もしくは示唆をする文章を加えた。このことにより、調査の中立性に疑問が投げかけられるかもしれないが、ジャズ・ミュージシャンの意見の収集は本研究の要であり、回答者から専門分野についての忌憚のない意見を引き出すためには、研究者側の情報をある程度開示して理解を得ることが不可欠と考え、そのようにした。
4-3-2 質問紙の項目
本研究で用いたのは、筆者が独自に作成した質問紙である(付録資料I)。質問は、KJ法(川喜田,1967)によって抽出した5つのテーマについてそれぞれ複数の質問を考え、テーマごとにグルーピングした。さらに各グループの始めに説明文をつけるとともに終わりに自由意見をきく質問を加え、最後に「ジャズを演奏するモチベーション」と「全体の感想」について尋ねるグループVIを付け加えた。内容はグループIが形式に関する設問、グループII、III、IVが体験に関する設問であり、グループVが文化的、社会的に見たジャズの特徴、グループVIが、ジャズを演奏するモチベーションと全体の感想についての設問であり、質問は計22問となった。テーマと質問文の要旨は以下のとおりである。
▼グループI:枠組と即興について
Q1:即興演奏と「枠組」(即興の対象になる曲やブルースなどの形式)の関係をどうとらえていますか?
Q2:即興演奏のなかで、フレーズやリズム、コード進行(あるいはモード)等が湧き出てくる源は、何だと思われますか?
Q3:即興演奏が、「枠組」を超えて広がりそうになった経験がありますか?
Q4:ブルースのアドリブとそれ以外の曲のアドリブに違いがあると思いますか?
Q5:フリージャズについてどうお考えですか?
Q6:グループIについての自由な意見。
▼グループII:内在化・コミュニケーション
Q7:即興演奏ができるようになるまでに、どのような努力をされましたか?
Q8:『ジャズ・ミュージシャンはそれについてあらかじめ考えている様子もなく、またいかなる意識的な音楽理論の枠組みを差し挟むこともなく即興演奏をすることができる。なぜなら彼らはコードとキイと非常に複雑なハーモニーの抽象的な関係を理解しており、あるレベルにおいて自発的にそれを当然のことのように足場にし、応答し、即興演奏ができるからだ』というM.J.ベイダーの意見について、どう思われますか?
Q9:複数のミュージシャンがそれぞれ主体的に演奏することによって時間的なズレが生じた時、それをどのように体験していますか?
Q10:共演者のリズムやフレージングに「つられそうになる」、「ひきずられそうになる」といった経験がありますか? そんな時、どうされますか?
Q11:演奏の際、コミュニケーションに関して苦労した経験がありますか?
Q12:グループIIについての自由な意見。
▼グループIII:あいだの空間
Q13:演奏が佳境に入ったとき、ミュージシャンとミュージシャンのあいだに、別のなにかが現れたように感じる、といった経験をされたことがありますか?
Q14:ジャズにおける「あいだの空間」とはどのようなものだと思いますか。
Q(14):グループIIIについての自由意見。
▼グループIV:多次元性・多領域性
Q16:「一つの表現様式にとらわれず、多彩な変奏をする」能力は、もともと身についていたものでしょうか、それとも経験のなかで身につけられたのでしょうか?
Q17:演奏中に「思考(無意識の思考も含む)」「知覚(聴く、見る、雰囲気を感じる)」、「情感」、「運動」をバランスよく機能させるのは難しいと思いますが、そのことと、会心の演奏のあいだに相関関係があるとお思いになりますか?
Q18:グループIVについての自由な意見。
▼グループV:ジャズというジャンル
Q19:クラシック、ロック、ボサノヴァなど他のジャンルと比較した場合のジャズの特徴について、ご意見をお聞かせください。(ディキシーランド、スウィング、ビバップ、モダンなど、ジャズの枠内における比較でも結構です)
Q20:グループVについての自由な意見。
▼グループVI:最後に
Q21:「ジャズを演奏したい」というモチベーションのもとになっているのは、何かをお聞かせください。
Q22:全般的なご感想をお聞かせください。
4-3-3 調査期間
2006年5月~9月
4-3-4 調査対象
調査対象はジャズ・ミュージシャンである。ジャズ・ミュージシャンはジャズを演奏するミュージシャンであり、ジャズの演奏を本業にしているプロとそうではないアマチュアの両方を含む。ジャズの世界には、他の仕事や学業のかたわらライヴで演奏するミュージシャンが多い。プロとアマチュアはごく自然にセッションをするが、アマチュアはプロに敬意を抱いている、というところが日本のジャズライヴの良さであると筆者は考える。本研究の調査に協力してくださったミュージシャンの方々の中には熟達のプロもいれば、二足のわらじで活躍するアマチュア・ミュージシャンもいた。
4-3-5 調査形式
<予備調査>
2005年11月から2006年5月にかけて、複数のジャズ・ミュージシャン(知人)と意見交換を行い、実施可能な調査形式を模索した。そして2006年5月に質問用紙の試案を作成し、2人のジャズ・ミュージシャンを対象に予備調査を行なった。予備調査の結果、適切でないと考えられた質問を変更もしくは修正して、本調査用の質問用紙を完成させた。質問用紙の作成については、指導教授のご指導とご承認をいただいた。
<調査依頼>
基本的には、ライヴハウスに出演しているジャズ・ミュージシャンに研究の趣旨を説明し、調査への協力を承諾していただいた方に、挨拶文と質問用紙を手渡しするか、もしくは郵便、メールにて送付するという方法をとった。知人および知人の紹介を得た方の場合、ライヴハウスに行かずに質問用紙を手渡し、もしくは送付することもあった。
<挨拶文>
質問用紙に添えた2ページの挨拶文では、研究者の身元を明らかにし、本研究が音楽論や芸術論、音楽療法の研究ではないことを明記し、研究の主旨と目的を説明した。また、回答の締め切りを8月のお盆休み頃とすること、回答用紙は郵送もしくはメールにて送信していただきたい、ということも明記した。
<氏名の掲載とプライヴァシー>
回答用紙の冒頭に氏名と担当する楽器名を書く欄を設け、名前の扱いについては、本人の承諾を得ることなく論文中に名前を記載しないこと、論文の最後に謝辞とともに回答者の名前を記載すること、名前の記載を希望しない場合はイニシャルのみを記載するので、回答の際にその旨知らせていただきたい、ということを明記した。
4-3-6 調査用紙の回収
回答をいただいたのは14名で内訳は男性が12名、女性が2名だった。このうち氏名の記載ではなくイニシャルの記載を希望した方は3名だった。
4-3-7 調査のまとめ
質問紙調査を当初の予定を延長して9月中旬に締め切り、その後、全回答を質問項目ごとにまとめたところA4版で29ページ分のデータになった(付録資料II)。回答者の年齢は把握している限りでは20代から50代、専門はピアノ3名、アルトサックス2名、トランペット1名、ベース2名、ヴォーカル1名、ヴァイオリン1名、ハモンドオルガン1名、ドラムス2名、ギター1名で、幅広く意見収集ができたと考える。回答の多くが、専門家として考察したこと、体験していることの詳細な記述であり、資料的価値のあるものと考える。また「質問の意図がわからない」「逆にこっちが答えを知りたい」といった回答がみられたが、これは、回答者が質問者の意向に合わせようとするのではなく、自主的に対応してくださったことを示すものと考える。
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